小乗仏教と上座部仏教の違い|現代での適切な呼び方

仏教の基礎知識

「小乗仏教」と「上座部仏教」は同じ意味ではありません。「小乗」は大乗側の文献で部派仏教を指して使われた歴史的な呼称であり、現代の上座部仏教の自称ではありません。現在の東南アジアの仏教の伝統を指す場合は、「上座部仏教」または「テーラワーダ仏教」と呼ぶのが適切です。

混同を避けるには、「部派仏教」は歴史上の複数の学派をまとめる言葉、「上座部」はその歴史の中にある一つの系譜、「テーラワーダ」は現代の仏教伝統を指す言葉として、文脈を分けて考えることが大切です。

結論:小乗仏教と上座部仏教は同じではない

「小乗仏教=上座部仏教」と説明するのは正確ではありません。「小乗」は上座部全般を指す名称ではなく、現代の上座部仏教側が自らを呼ぶ名称でもありません。上座部仏教を「小乗仏教」と呼ぶのは不適切とされるため、現代の仏教について述べるなら「上座部仏教」または「テーラワーダ仏教」とするのがよいでしょう。

ただし、この三つの言葉は、同じ時代・範囲を指しているわけではありません。歴史上の部派をまとめて述べるのか、部派の一つを指すのか、現在の伝統を説明するのかによって、使う用語が変わります。

「小乗」は大乗側で使われた歴史的な呼称

「小乗」は、サンスクリット語の hīnayāna に対応する語です。仏教用語としては、大乗仏教に対する語として部派仏教を指すために使われた呼称で、蔑称・差別的な呼称とされることがあります。現在の上座部仏教を指す正式名称や自称として使う言葉ではありません。新纂浄土宗大辞典「小乗仏教」

また、歴史学的な説明では、大乗経典に登場する「小乗」は、説一切有部の内部で大乗と対立した一派を指す呼称であり、上座部全般を指すものではないとされています。「上座部仏教」

このため、「小乗」という語を見かけても、それをそのまま「現在の上座部仏教」と置き換えることはできません。書籍などの歴史的な記述でこの語が使われている場合は、どの時代・文脈で、何を指しているのかを確かめる必要があります。現代の仏教の宗派や伝統を紹介する文章では、相手側の自称ではない語を避け、「上座部仏教」や「テーラワーダ仏教」と呼ぶのが適切です。

部派仏教・歴史上の上座部・現代のテーラワーダ

用語の違いを把握するには、三つの言葉を同じ範囲の名前として扱わないことが重要です。

用語 指すもの 使い方の目安
部派仏教 複数の学派が存在した歴史上の仏教 歴史上の諸学派をまとめて述べるとき
上座部 部派仏教の中の一つの系譜を指す歴史的な名称 歴史上の学派について述べるとき
上座部仏教・テーラワーダ仏教 現代の仏教伝統を指す呼び方 現在の東南アジアの仏教を説明するとき

「部派仏教」は、複数の学派が存在した時代の仏教をまとめる広い呼び方です。仏教の歴史を説明する資料でも、教学研究が盛んになり複数の学派が生まれた時代を「部派仏教」と呼んでいます。「原始仏教と大乗仏教と釈迦仏教」

これに対して、歴史上の「上座部」は部派の一つに関わる名称です。現代の東南アジアで行われている仏教は「上座部仏教」または「テーラワーダ仏教」と呼ばれますが、歴史上の上座部という語と、現在の伝統を示す呼び方とを、名称が似ているという理由だけで同一の範囲として扱うのは避けましょう。現在の上座部仏教は「南伝仏教」と呼ばれることもあり、パーリ仏典を用いることが特徴として挙げられます。「上座部仏教」

大乗仏教と部派仏教は単純な二分ではない

仏教の歴史を「上座部と大乗の二つに分かれた」とだけ説明すると、部派仏教と大乗仏教の成立・関係を単純化してしまいます。部派仏教は複数の学派を含む歴史的な呼び方であり、大乗仏教もそれと同じ意味の一つの部派として扱えるわけではありません。

また、大乗仏教が成立した後、部派仏教がただちに消滅したわけではありません。新纂浄土宗大辞典は、大乗仏教が誕生した後のインドでも部派仏教が存続し、両者が並存していたと説明しています。新纂浄土宗大辞典「小乗仏教」

そのため、「大乗仏教が上座部から直接分かれた」「大乗と上座部が一度に二つへ分裂した」といった説明は避けるのが無難です。成立の時期や経緯には細かな歴史研究が関わります。ここでは、部派仏教と大乗仏教が同じ二つの組織のように単純に対立していたわけではなく、歴史の中で並存したことを押さえておきましょう。

用語の呼び分け方

何を指したいかを決めてから、次のように表現を選ぶと誤解を減らせます。

  • 現在の東南アジアの仏教の伝統を指すなら、「上座部仏教」または「テーラワーダ仏教」とする。
  • 歴史上の複数の学派をまとめて述べるなら、「部派仏教」とする。
  • 歴史上の一つの系譜について述べるなら、文脈を明確にして「上座部」とする。
  • 「小乗」という語が歴史資料に登場する場合は、当時の文脈で何を指すのかを説明し、現代の上座部仏教の呼称として安易に使わない。

たとえば、現在の東南アジアの仏教について「小乗仏教が行われている」と書くのではなく、「上座部仏教(テーラワーダ仏教)が行われている」と表現できます。一方で、歴史資料にある「小乗」という語を説明するときは、「大乗側の文献などで部派仏教を指して使われた歴史的な呼称」と補うと、現代の上座部仏教との混同を防げます。

よくある疑問

「小乗」は上座部仏教の別名ですか?

いいえ。上座部仏教の自称ではなく、上座部全般と同じ範囲を指す語でもありません。現代の伝統を指すときは「上座部仏教」または「テーラワーダ仏教」と呼びます。

「上座部」「部派仏教」「テーラワーダ」はどう違いますか?

「部派仏教」は歴史上の複数の学派をまとめる言葉です。「上座部」はその歴史の中にある系譜を指し、「テーラワーダ仏教」は現代の伝統を呼ぶ名称として使われます。似た言葉でも、指す時代や範囲が異なります。

大乗仏教ができた後、部派仏教はなくなったのですか?

いいえ。大乗仏教の成立後も、インドでは部派仏教が存続し、両者が並存したと説明されています。したがって、部派仏教から大乗仏教へ一度に置き換わったと捉えるのは適切ではありません。

まとめ

「小乗仏教」と「上座部仏教」は同義ではありません。「小乗」は歴史的な文脈で使われた呼称で、現代の上座部仏教を指す名称としては不適切とされます。現在の東南アジアの仏教には「上座部仏教」または「テーラワーダ仏教」、歴史上の複数の学派には「部派仏教」を使うと、時代と対象を区別して伝えられます。